Why Nostr? What is Njump?
2023-12-18 13:35:50

やこさん(夜狐):dot_mystia_flying: on Nostr: Misskey.ioの夏は、現実のそれを反映してか酷く厳しい。 ...

Misskey.ioの夏は、現実のそれを反映してか酷く厳しい。
 照り付ける真珠色の太陽の下、表通りに面したカフェの2階、広いテラス席に陣取った男は、大きなパラソルの下で冷たいお茶をぐいと飲み干した。
 パラソルの作る心許ない影の下、日差しの照り付けからは逃れられても、コンクリートの照り返しまでは防げない。不快指数の高い湿気は猶の事。男はだらだらと流れる汗をタオルで拭い、それから、麦茶のお代わりと塩飴を運んできた店員に苦笑した。
「悪いねこんな暑い中、外に運ばせちまって」
「どうせこの席はこの時期誰も使いませんし、別にいいんですけど」
 言いつつも店員は聊かの呆れ顔である。
「しかし物好きですね。待ち合わせてる訳でもないんでしょ」
 この街のローカルタイムラインの表通りは、他所の街からは激流などと称されるほどに賑やかだ。今だって通りを見渡せば彩り鮮やかな日傘と、「NSFW」の灰色の日傘が交互に花を咲かせている。そんな中でフォローをしている訳でもないたった一人に出会うのはかなり難易度が高い。だが客の男は汗を拭いながら、自信たっぷり、胸を張る。
「大丈夫大丈夫、きっと今日こそは来るよ」
「それもう10回は聞きましたよ。大体、こんな暑い日なのに」
「この間俺が助けてもらった時も、こんな日だったよ…っと」
 この話はもう聞き飽きたよなぁ、と男は笑う。そうですね、と店員は素気なく返す。
 散々繰り返された男の話を思い出し、うんざりとした様子を隠しもしない店員がそのまま立ち去ろうとするのを、常連客は苦笑しつつ見送ろうとした。ここ数日すっかり何度も繰り返された光景だ。
 が。

「あっ」

 大通りの向こうの方、蜃気楼に揺らめく中に、明らかに巨大な人影がぬっと現れたことに気が付き、男が声をあげた。それにつられて店員も足を止めて振り返る。
 通りのどこからでも見つけられる、4mはあろうかという長身に、均整の取れた肢体。長い栗色の髪は高い位置でひとつに纏められている。頭上にはキリンの角を思わせる突起がふたつ。
 真夏の陽射しの下で、ノースリーブのトップスから白い腕が無防備に剥き出しになっていた。足元は大胆にスリットの入った、足首辺りで窄まるシルエットのパンツ。
 固有の名前というものがあるのかどうかを男も店員も知らなかったが、その存在はMisskey.ioではよく知られていた。通称して「にこにこきりんちゃん」と呼ばれている。──男女どちらなのかは誰も知らない。
「おーい!」
 ともかくも、目当ての人物だ。男がテラスで手を振り回すと、彼、あるいは彼女はにこにこ笑顔のままこてん、と首を傾げて見せる。
 にこにこきりんちゃんは喋らない。代わりにその頭の辺りに「?」のカスタム絵文字が浮かんでいた。手を振り回す男に気を惹かれたらしく、そのまま長身はテラスへと近寄り始める。緩やかに進む足元を、日傘を差した少年少女が慌てて通り抜けて行った。
 その様子に男は上擦った声をあげる。暑さだけではない理由で頬を上気させつつ、彼はテラスへ寄ってきたにこにこ笑顔を前に必死で告げた。この時の為に炎天下で待ち続けたのだ。
「あのさ、この間、バス停で俺の傍に立って、日陰作ってくれただろ! お礼を言いたかったんだ!」
 一方のにこにこきりんちゃんはといえば、笑顔のまま、「?」を再度浮かべて見せている。──覚えていないらしい。
 その様子に気付き、言葉半ばで男は肩を落とした。彼にとっては脳天に雷が落ちるくらいの衝撃的な出会いだったのだが。
「お、覚えてないのか…。俺の持ってたアイスコーヒーあげたんだけど…」
 その言葉に今度は「!」が浮かぶ。肩を落としていた男が分かりやすく顔を輝かせた。
「あ、思い出してくれた!? そう、あのお礼をしたくてずっと待ってたんだ!」
 次に浮かんだのは「きにしないで」だった。にこにことした笑顔は、かえってどこまで本音だか分かりにくい。しかし、意を決した様子で彼は一歩前に出た。
 それまでテラスに小さな日陰をもたらしていたパラソルをぐいと抜き取り。
「これ、お礼に」
 差し出したパラソルは黄色と茶の網目模様である。にこにこきりんちゃんのサルエルパンツの布地によく似た柄は、彼がネットショップで吟味を重ねて選んだものであった。ちなみにそのことはカフェの店員も良く知っていた──延々とネットショッピングの品選びに付き合わされたのだ。
(頼むよー、受け取ってくれ)
 きょとり。笑顔のままで首を傾げているにこにこきりんちゃんに、店員は内心で必死に念を送る。そんなことは知る由もないだろうが、トレードマークのにこにこ笑顔の横にぽこん、とカスタム絵文字がポップした。
<ありがと>
 シンプルな四文字である。だが待ち望んだ四文字でもあった。男の表情が輝くのが、背中越しにも店員には見えたような気がした。
 にこにこきりんちゃんがパラソルを受け取り、笑顔はそのまま、日傘の要領で自分の頭上に掲げる。屋上に日陰をもたらしていた大型パラソルは、4メートルほどにもなる大きな体には少々小さく、もたらす日陰もささやかなものだ。けれどもにこにこきりんちゃんは嬉しそうに──いや、いつも笑顔ではあるのだが──くるりとそれを回して、幾つかのカスタム絵文字を浮かべた。虹色にぺかぺか光って回るPartyParrotや、両手をあげる藍ちゃん。文字情報こそなかったが、多分。
(はしゃいでる、のかな)
 光って跳びまわるカスタム絵文字が、その内心を物語ってくれている、ということにしておこう。店員はそう結論付けた。何せ彼、または彼女の内心なんて、誰にも計り知れないのだから。


 黄色と茶色の網目模様の傘が太陽の下を咲き誇りながら、ローカルタイムラインの大通りを遠ざかっていく。
 それを見送り、男と店員は空調の効いた室内へ戻ってきた。
「良かったっすね。これで明日から、お客さんの熱中症を心配しなくて済みます」
 今日まで何だかんだこの常連客を見守っていたもので、店員は安堵と共に、聊かの感傷を覚える。何くれと推しの話を展開する上に熱中症になるギリギリまでテラスで粘ろうとするもので目が離せず、厄介な客ではあったが、明日からその姿を見なくなるのかと思うとやはり感じ入るものがある。
 が。
「ばっかお前、これで終わりな訳ないだろうが」
「えぇ……」
「ここ通るってことは確信できたんだし。次は花でも贈ろうかな。向日葵がいいよなぁ…」
 ──天気予報は明日もまた真夏日だと告げている。明日の今頃、特大の向日葵を抱えた常連客がテラスに居座る姿を想像し、店員はささやかな感傷を投げ捨てた。大きく嘆息し、感傷を腹の底から追い出して、トレイで乱暴に男を追い払う所作をする。さっさと帰れ、と、横暴にも取れるジェスチャーに、だが客の男は矢張りけろりとした表情だ。
「明日からまたよろしくな! あ、この辺りでデカい花育てられるとこ無いかな」
「…育てる気なんですか…?」



 ローカルタイムラインの大通りを、特大の向日葵を手にして歩くにこにこきりんちゃんが目撃されるのはそれからしばらく後のことだ。
 それから──客の男は今日も、秋の風が吹き始めたカフェの2階で、テラス席を陣取っている。
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